7/20 出張語り場『耳と心をかたむける会』(語り手:キャプテン森田)でした

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7月20日。札幌市北区にある「太平子どもの家」で、出張語り場『耳と心をかたむける会』が開催されました。
今回の語り手は、チームOKでキャプテンを務める森田でした。
最高にいい天気の行楽日和に、会場には大人59名、子どもたち20名が集まりました。


いつもは聞き手として語り場に携わってきたキャプテンですが、「自分のことを語るとなると、緊張が全然違う!」とのこと。

「いままで語り手さんに、こんなことをお願いしていたのかと思うと、ごめんね~って思うわ(笑)」
と言いながら、駆けつけた仲間に謝って笑われるキャプテンでした。

何を語るかはとても悩んだそうです。
自分をよく知る仲間もたくさん来てくれる一方、知り合いに連れられて初めて避難者の話を聞きに来た、という方もいる。
知っている背景が違う中、どこから何を・・・。

迷った挙句キャプテンは、「話すべきことがたくさんありすぎて絞れず、困ったので、もうこれは41年生きてきたごほうび、『もりたちえ祭り』だと思って、いま語りたいことを語ります!」と宣言して語り始めました(笑)
(そこに聞き手の津田さんが「ヤマザキのパンまつりみたいなもんですね」と絶妙な受け応えをして、「白いお皿は出ませんけどね」と返す余裕のキャプテンでした)。

311当日の様子から、避難に至るまでの経緯、もっとさかのぼって自分が心の病気で退職したこと、もっともっと幼いころのこと・・・

「すべての経験が、いまのための『練習』だったように思えます」ということを伝えるため、様々なエピソードが繰り広げられました。

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原発事故からしばらくは防御が甘く、3/15に外で子どもと焼き芋をしていて、大量の初期被ばくをしたであろうこと。
群馬県ではすぐに誰もマスクをしていなくなって、外に出るのが嫌になっていったこと。
段ボール箱5箱の荷物だけで、母子3人避難してきたこと。
避難のフェリーで元気に騒ぐ子どもたちの様子。
そのとき描いた「ハムたろうのぬりえ」をいまも捨てられずにいること・・・

いまでもプラスチック食器を使い続け、家具も買いたくないのは、「いつまた避難するのかと思うと、モノを持ちたくない」から。
福島第一原発の事故は全然収束していないし、泊原発で何かあったら、また避難するんだと思うと・・・。

 

もともと販売の仕事が大好きで、仕事が生きがいだった自分が、病気のために仕事を辞めざるを得なかったこと。
仕事を失って2~3年は、仕事で販売していた文房具の棚の前に行くと泣いてしまったこと。
「自分からさよならできずに引きはがされたものは、いつまでも引きずる」ことをそこで知ったこと。

「いまはまだ語れない、という人の気持ちが想像がつくんですよね。だから、語り手を依頼して断られても、全然、嫌でも何でもないんです。ああ、あのときの文房具の棚の前で泣いてる私なんだと。そう思うんです」。

病気の経験があまりに辛く、過酷だったこと。
妊娠して出産して赤ちゃんを抱いて・・・ひとから見れば『しあわせいっぱい』に見える姿の現実は、明日この世にいるかどうかという嵐の中だったそうです。

「だから、外からどう見えていようと、その裏には予想を超える現実があるもんだなぁって、知りました」。

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「病気が一番ひどいときに、退職金で一番おカネがあったけど、遣いたいものが全然なくて、全然うれしくもなんともなかった」こと。

みんなは「子どものために避難してきた」と言うし、それが美しいとは思うけど・・・「私は自分が一番大事で、自分が病気になるのはこりごりだったので避難してきました」。

避難してから、自分と同じ避難者を「同じ苦労をしてきた仲間」だと思うようになったこと。
避難してきた人すべて、子どもがいてもいなくても、父親が一緒でも母子避難でも、関東も東北も・・・すべての避難者を尊敬していること。

「特に、私の周りには『母子避難』がたくさんいます。パパともじじばばとも離れて避難してきたわけです。まわりには理解されないことが多いなか。何のために?命と健康のためですよ。立派じゃないですか。

私よりずっと若いママがたくさんいます。うんと小さい子を連れて母子避難。
そのトシの私って何してたっけ?自分が着飾ることばかり考えて遊んでましたよ。

そんな立派な人たちが、自分を責めるわけです。自分が間違ってるんじゃないか・・・子どもとパパを引き離してるのは自分のわがままじゃないか・・・。冗談じゃないですよ。なんでそんなふうに思わせられないといけないんでしょう?

この話をするとき、キャプテンはいつも熱がこもります。

「だから、しつこく『避難した自分たちを肯定しよう!』という「OK」を言い合っていかなきゃダメだと。そんな思いでチーム☆OKを作りました」。

私たちが『生き延びる』ことが大事なんです。笑顔で、生き延びる。そうしないと、いま避難を迷ってる人も後に続かない。
チーム☆OKの役割のひとつは、私たちが笑顔で毎日を生きていることを発信していくことだと思ってます」。

チーム☆OKへの想いも語られました。

言いづらかった「OK」(ここ北海道でも放射能防御をしていきます!)を掲げるのはとても怖かったけど、「本当の言葉には、本当の応援がついてきますね・・・」と、心から応援してくれる道民サポーターさんたちとの出会いを涙で語りました。

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語り終わったキャプテン本人の言葉です。

「無事に、語り終わりました!お越し下さった皆さん、本当に本当にありがとうございました。とても素敵な、ぜいたくな時間でした・・・。
筋の通らない思い出話を、好き放題語らせていただきました。

おかげさまで、こちらは何かスッキリして、爽快です。区切りがついたというか。
『さぁ次のステージに進もう。いまを思い切り楽しもう!』そんな言葉がいま心にあります。

いままで頑張って生きてきた自分を再認識させてもらえた、そしていま手にしているもの、仲間の存在を再確認できた、幸せな時間でした。」

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避難当時は年長だったお子さんも、いまはもう2年生!お兄ちゃんらしく、立派にごあいさつできましたよ♪(ひとり、かあちゃんの後ろに、隠れてますが・・・笑)。

太平子どもの家はとてもあたたかな空間でした。聞いて下さる皆さんからも、応援のメッセージが多数寄せられました。
わざわざ聞きに来る方は、皆さん、避難者に寄り添いたいという想いがある、優しい方でした。
それだけに、聞きに来るには、勇気が必要だったと思います。

太平子どもの家の皆さん、語ってくれたキャプテン、聞きに来て下さった皆さん。
そして3回の出張語り場を無事に素敵にコーディネートして下さった津田光子さん。
本当にありがとうございました!

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