【手記】「でも、本当に私たちは少数なのでしょうか?」 ~神奈川県からのゆみさんの想い~

あるイベントで、安積遊歩(あさかゆうほ)さんと
ステージに立った、おかだゆみさん。

ゆみさんは、原発「自主」避難者として名乗り、
自分の想いを、まっすぐに語ってくれました。
そのときの、ゆみさんの言葉をご紹介します。

(写真は『3周年ありがとう会』での安積遊歩さんです)
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私は、原発自主避難者です。
自主避難を強いられたものです。

地震と、目に見えない放射能が与える影響を考え、
2012年の1月、神奈川県の川崎市から、
ここ札幌に来ました。

こう話すと、「えっ!? 神奈川県から!?」
たいていの人の反応です。

私のこどもの通う小学校で、自主避難者は、
私たち家族だけです。

札幌には、約1500人、道内には約2600人の人たちが
避難しています。

多いと感じますか?少ないと感じますか?

この社会で、自主避難者は少数です。

少数の側に立たされたときの、
孤独で、不安な気持ち。

社会や他人に理解してもらえないときの、
怒りや、悲しみ。

でも仲間がいると、孤独で不安な気持ち、
怒りや悲しい気持ちは、小さくなります。

 

私は、原発自主避難者です。

私は札幌に来て1年後、『チーム☆OK』という
3.11原発事故により、札幌市近郊に避難している者の会と、
つながることができました。

『命と健康を第一に考え、北海道に避難したことを肯定しよう』のOK。
『北海道でも、放射能防御に取り組みます』のOK。

その「2つのOK」をかかげて活動しているチーム☆OKは、
266名の避難者メンバーと、
活動の主旨を理解し、支えてくれる、
62名の道民サポーターがいます。

私は、チーム☆OKの活動を通して、
安積遊歩さんと出会いました。

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遊歩さんは、車イスを使って生活をしています。
そして、生まれながら、骨が折れやすいという、
体の特徴を持っています。

私は、仕事で、車イスを押すことはあっても、
車イスを使用して生活している人と接したことが、
ほとんどありませんでした。

見かけたことはあっても、話したり、
友達になることはありませんでした。
出会うきっかけがないのです。

でも、遊歩さんと友達になり、今では
「遊歩」「ゆみちゃん」と呼びあっています。

遊歩と出会い、友だちになり、何度も会っていくうちに、
私のなかで、車イスで生活する人は、
特別な人ではなくなりました。

(遊歩さんを講師に迎えてのピアサポート活動)
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私は原発自主避難者です。
この社会で、障がい者と言われる人は少数です。
自主避難者も、少数です。

今の社会の枠からはずれると、少数の側に立たされます。
それは、いつ、誰にでも、起こること。

でも、本当に私たちは少数なのでしょうか?

少数の人たちが集まって、
この社会ができているように、私は思います。

そして人は、いろいろな少数の部分を合わせもって、
ひとりの人間なのだと思います。

少数の者がつながれない『社会の枠』
少数の側に立たされる『社会の枠』

私は、その社会の『枠』を外し、
新しい社会や文化を、こどもたちと、
仲間とともに、つくりたいです。

(神奈川県から原発避難 おかだゆみ)