【語り場】幼稚園での「語り場」の記録 ~ママ友たちの前で語った二人の勇気~


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私たちチームOKは昨年から複数回、避難者が自分の避難経験を語る「語り場」を開催してきました。
ほとんどは一般公開せずクローズドで、同じ避難者と、支援してくださる道民サポーターに聴いていただく形で行って来ました。

今回は、自分の子が通う幼稚園で「語り場」を開きたいという熱意ある一人のお母さん(かなえさん)と、その意図を深く理解して「私、話すよ」と申し出たもう一人のお母さん(春子さん)。
二人の熱意に幼稚園が理解を示してくださり、幼稚園でお母さん向け「語り場」を開催することになりました。

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原発避難者のほとんどは、親戚友人知人に理解されなかったり、非難されたり、家族がバラバラになったり・・・傷ついて来ています。
また、原発や放射能についての賛否両論が飛び交う現在、子どもの幼稚園という、ある種逃げ道のないところで避難経験を語るのは、とても勇気がいることです。

そんな中、かなえさん、春子さんお二人は、勇気をもって、幼稚園の母たちに自分たちの体験を語ってくれました。
お二人の愛と勇気に敬意を表して、このレポートをお送りします。

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チーム☆OKにとって、歴史的な日となった、2013年9月24日。
子供たちを幼稚園に送った後、ある幼稚園の一室で「語り場」がはじまりました。
幼稚園のお母さんたち20人強と、チーム☆OKからの応援団が7人。
幼稚園のママたちが受付や会場設営をしてくれている、その光景に、早くも涙うるうるな私たちチーム☆OK(笑)

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企画者かなえさんと、語り手春子さんの緊張感がびりびり伝わる中、
園長先生の挨拶で「語り場」がはじまりました。

「この企画の話を聞いたとき、園長として躊躇もしました。
幼稚園なので、原発については公平な立場でないとならない。
もしかしたらお身内に原発関係者の方がいるかもしれないと・・・。
でも一方で、突然の震災・原発事故に苦労された方がいる。
この幼稚園にも数組の避難された方が通っています。
同じ子どもをもつ保護者として、つらい経験を共有することで、
何かできることがあれば、と場所をお貸しすることにしました。

園長先生がお話しされたあと、今回の企画者かなえさんが、
なぜ幼稚園での語り場を開催したいと思ったのか語りました。

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「東京から避難してきたとき、親戚や友人に理解されず、つらい思いをして札幌に来ました。
だからきっと、ここでも理解されないだろう、と心を閉ざしてきました。
でもあるとき話の流れで、幼稚園のお母さんに、原発避難者がなぜ避難してきたか、
どんな思いでいるのか、現在の現状など思いのたけを語ったら・・・
『話してくれてありがとう。本当は聞きたかったけど、つらい思いをさせるんじゃないかと思って聞けなかった。この話、幼稚園でも話してくれたらいいのに』
と言われ、自分を封じ込めていたのは自分自身だということに気付きました。
同じ幼稚園に通うお母さんたちに事実を知ってもらいたいと思って、
今回の語り場を企画しました。」

自分の心を閉ざしてきたのは自分自身、
かなえさんのその素晴らしい気づきが、今回の語り場開催につながりました。

温かい拍手のあと、涙を一生懸命こらえて、春子さんが語りはじめました。

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北海道には3000人の避難者がいて、その7割が母子避難です。
私の家族に起きたこと、どう感じたかをお話しすることで、
原発や放射能についての理解が進むといいなと思っています。」

「生まれ育ったのは福島県須賀川市。
主人と4人の子どもと一緒に、私の実家の隣に家を建てて暮らしていました。
3月11日は実家の飲食店でパートで働いていました。

地震で建物や町が崩れていくさまが怖くて、子供たちの無事な姿を見るまで不安でいっぱいでした。
幸いにも家の被害は、壁にひびが入ったり物が落ちただけでしたが、
地震直後は出ていた水がだんだん出なくなり、断水したこともショックでした。

夜は、着の身着のままで横になりましたが怖くて眠れませんでした。

12日、13日はスーパーなどに商品がなくなり、水も出なかったので、食料や水の確保に無我夢中でした。
このとき、12日にフクイチが爆発したんですよね。

12日に爆発を知ってから不安だったのですが、13日にチェーンメールが回ったんですよね。
それを読んで、子どもを外に出さなかったり、外に積んである薪ストーブの薪を運び入れて守ろうとしました。
主人とは、『本当か嘘かわからないことに踊らされるな』とけんかになりましたが。

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かなえ「東京でも、石油コンビナートが爆発したから雨に当たらないように、外に出ないように、というチェーンメールが出回りました。私はそれを見て、外に出る時はカッパを着せたりしてたので、結果的にチェーンメールはありがたかった…よね?」

春子「そう、正しかったですね。薪を守ったのは私です(笑)」

でも原発が爆発したことを知っても、どうしたらいいか、誰も教えてくれなかった。
そんな中、当時通っていた幼稚園に用事があって出向いたら、
幼稚園の園長先生が『大変なことがおこりました。遠くに逃げてください』
と話してくれて、それで初めて、何が起きているのかを理解しました。
それが3月14日のことでした。

愛知にいる父に電話したら、いつでも来ていい、と言ってくれましたが夫は、
「国もマスコミも何も逃げろとは言わないから大丈夫」と、全く危機感が違いました。

15日に、隣に住む実の父からも『出た方がいい』と言われ、妹と姪っ子甥っ子含めて9人で愛知の実家に向かいました。
たまたま会社でガソリンを入れてくれ、夫の仕事も休みだったから行くことができました。

子供に『何を持っていくの』と聞かれて、すべてを持っていきたかったけど、
人数ぎりぎりなうえに、布団や冬の防寒具も積むので、最小限の荷物で行きました。

まわりにはガソリンがなかったり、仕事だったりで逃げられない人がたくさんいて、
自分だけ逃げるのが申し訳なくてたまらなかったです。
実家には1週間滞在しましたが、福島の情報が何も入ってきませんでした。子ども6人と大人3人の生活も限界になり、3月22日に福島に帰りました。」

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かなえ「避難から戻って、ご主人の考えはどうでしたか?」

「お互いの気持ちを話せる状態じゃなかったのですが、
彼は(放射能が心配だったのではなく)仕事が休みだから行った、という感じでした。
私は大丈夫と思って帰ったわけじゃないので、戻った後はネットで必死に情報を集めました。その間、仕事も、小学校も、幼稚園も次々再開されていきました。

政府のいうことが全く信じられないと思いつつも、
線量の高い地域から避難させてくれるのでは、と待っていた部分もありました。
なので福島をどう再興させるか、自分に何ができるかを考えていて、すぐに避難は考えませんでした。
でも調べていくうちに、放射能のことを知っていくととても怖かったです。
仕事場が郡山だったのですが、店内の空間線量が0.4マイクロシーベルト/hありました。」

かなえ「市民から通報があった場合、行政が除染する基準値が0.23マイクロシーベルト/hです。」

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春子「父のやっていた店は地産地消。その方針は3・11後も変わりませんでした。
安全な土地で作られたものだから大丈夫、と。

私は安全かどうかが心配で、赤ちゃんからお年寄りまで来るお店で
『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』を言うのが苦痛で仕方ありませんでした

私が今やるべきなのは、お店で地産地消の食事を出して『ありがとうございました』って言うことじゃない、子どもを守りたいと思い、5月いっぱいでやめました。
でも、今までと同じ暮らしはできないですよね。
外で遊ばせられない、食べ物も心配…。
そんな中、知り合った方のご縁で、自主避難の準備をするようになりました。」

かなえ「ご主人や子供たちは放射能については…?」

春子「主人はまだ放射能についての理解がなかったが、
友人が主催した講演会で放射能が危険だという話を聞き、
やっと私の不安を理解してくれるようになりました。
子供たちには私から放射能の危険性を話し、マスク・コート・帽子をさせました。
放射能について調べていくうちに、恐怖や不安がつのってきて、
そういう私のとてつもない必死さが伝わったのか、子供たちは拒否しませんでした。

幼稚園は食べ物を西のものに切り替え、線量も計測してくれていたので、
園に預けている間は安心でした。私たち親の不安に寄り添ってくれたので
離れるのが寂しくて、先生方も若いので心配でした。」

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春子「そして、主人は福島で仕事をして、私が子どもをつれて母子避難を決めました。
それまで主人が全面的に子育てに協力してくれていたので、
離れることは心配でしたが、夫は自分が行くことは考えてなかったので。
それでも、わりとすんなり決めることができました。

あの福島の中で、きちんと向き合う大人の姿を、子ども達に見せたかった。
子孫への影響を考えれば、ここで暮らすことはできないと、
大事にしていた、大好きだったマイホームとも離れることを決めました。

主人と子供を天秤にかけるのではなく、私たち二人が子どもを守ろうと。
主人も子供と離れるのつらかったと思います。」

春子「そして2011年の7月に北海道に来ました。
福島にいるときは、どこにいっても、誰に聞いても、避難を教えてくれなかったけれど、
北海道に来てみたら、小学校や幼稚園、支援団体、みんなが温かく受け入れてくれました。

当時、自分の勝手で避難してきたという思いが強かったのですが、
『よく来たね』と認めてくれる方がたくさんいて、とてもありがたかったです。

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春子「福島ではまわりに気持ちを話せる人がいませんでした。
父も、国が大丈夫だって言っていると資料を持って説得に札幌まで来たりなど、
母子避難に全く理解がありませんでした。
こちらに来るまで人に対して不信感でいっぱいだったので、
こちらにきてまた人とつながれるという事が驚きだったし、
それを幸せだと感じることができる自分にも驚いています。

でも、大切な家族が長く離れて暮らすことがつらくなることがあります。
主人と離れている悲しみが大きい。
福島は今でも震災前と全く変わらない生活をしています。
むしろ、津波被害で避難された方が転居してにぎわっている場所もあります。
そんな中、家族と離れて一人で暮らしている主人も大変だと思います。
二重生活を続けられたのは、主人が『子どもの命を最優先にしたことは間違ってない』と言い続けてくれたからです。」

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春子「私たちは、一番下の子が18歳になるまで福島には帰らないと決めています。
二重生活も丸2年。1年前は『福島が好き、家を出るなんて考えられない』と
言っていた主人が、2年目になってやっと今『札幌に来たい』というようになりました。
いつか札幌で一緒に暮らすことを願って、
毎日やれることをコツコツとやって暮らしています。

札幌に来てからも、放射能についてのスタンスは人それぞれでした。
放射能防御について話せ、それぞれの状況は違うけれど認め合える仲間、
『4人の子どもがいて大変だね』って認めてくれる仲間、
チームOKとつながれたことがありがたかったです。」

 

かなえ「時間も少なくなってきましたが、最後に何か伝えたいことはありますか?」

春子「避難することになった原発事故。大事なものを守るために、
自分で決めなきゃならないんだって気付けたことです。
今は日々の暮らしをていねいに重ねること、
それに大きな意味があると思って毎日暮らしています。」

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ハンカチで目をおさえる人が多い中、
かなえさんから最後の話がありました。

「春子さんが避難することになった原発事故。
春子さんは原発から60キロの場所に住んでいました。
札幌は泊原発から60キロです。
もし万が一、泊原発で事故があったら、どうか命をいちばんに大事にしてください。
そうすれば子どもを守ることができます。
原発事故がおこってよかったとは思わないけれど、命の大切さを優先したことで出会った仲間、幼稚園の先生、お母さまがた、北海道の自然の素晴らしさ、いま何よりのしあわせを感じています。

彼女が今日伝えたかったのはこれなのだろうと感じる中、
最後に園長先生からのお話がありました。その中でも、
「私が伝えたいのは、頑張らなくていいんだよ、ってことです。
誰かに話すと気がラクになれるなら、話してください。
ここで笑えるならいっぱい笑っていい。
つらいときはみんなで支え合いたいと思います。

という温かい温かい言葉が胸に残りました。

園長先生、今回開催するにあたり場所を貸していただいてありがとうございました。

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園長先生はじめ、多くのお母さん達が涙ぐむ雰囲気のなか、語り場は幕を閉じました。
その後、参加者の方とチーム☆OKの参加メンバーが一緒に、
いくつかの輪になって想いを語り合いました。

「話を聞けて良かった。」
「直接話を聞きたかったけど、聞くと傷つけると思ってこちらからは聞けなかった
「どうして避難が責められるの? 子どもを守るのは当たり前のことだと思う
など参加された幼稚園ママの多くが避難について理解を示し、共感してくれていました。

私は、語り場を開催した二人の仲間として友達として、心から安堵して、
『本当の言葉には、本当の応援が返ってくる』という、キャプテンのいつもの言葉を思い出しました。

春子さん、かなえさん、幼稚園で語るという素晴らしい勇気に敬意を表します。
私たち避難者みんなのため、そして、この時代に生きる全ての人のための、大きな一歩となりました。
ありがとう&おつかれさまでした!

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(伝え隊・はる)

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